苔のむすまで

一介のデザイナ。ステキなかけらを集めて。

江戸指し物

江戸指し物とは、釘を使わずに木を差しこんで作る家具や調度品のこと。

指し物は平安時代から作られてきたと言われているが、元禄のころより、武士や町人などの江戸っ子の美意識が作りだした様式をもつものを江戸指し物という。その特徴は、華奢ですっきりとした仕上がりを良しとし、 一見外から見えないところにも手間暇をかけ、緻密に作られている。

指し物の最大の特徴は仕口(しくち)という木の接合方法にある。 「ほぞ」と「ほぞ穴」を巧妙に組み合わせることで、 釘を使わずに堅牢な構造を作り出すことができる。 そしてこの精緻な「ほぞ」はあえて見えないように、 すべてが隠れるように設計されるところに指し物の真髄がある。 敢えてちゃんと隠す。それこそが江戸っ子気質であり、粋な表現なのである。 ちょっとやそっと外から見たんじゃわからない。 そういう秘められた心意気が職人のもつ美学だ。

江戸指し物に使われる木材には、タモやケヤキ、キハダなどがあるが 中でも「島桑」が最高級とされている。 その理由はいくつかあるのだが、1つにはその木目の美しさがあげられる。 その木肌はしっとりと心地よく、 光のあたり具合によって、ゆらめくかげろうのような陰影があらわれ、人の目を魅了する。 年月が経つことで、木色が渋いくろみをおび、味わい深くなる。 アンティークとしてもとても長く楽しむことができるのである。 島桑はしっかりと木目がつまって硬い。 鉋で削り、仕上げにムクの葉で磨くと驚くほどの光沢があらわれる。

もう一つの魅力としては、加工のしやすさがある。 加工がしやすいというのは、粘り気があって欠けにくく、 非常に薄い仕事や緻密な仕事に耐えられるということである。 そのため高価な島桑を使うからには、最高峰の技芸を施すことが求められ 熟練の業が必要になるのである。

江戸指し物のなかでも「飾り棚」は特にその技術が集約されている。 飾り棚は美術品などを飾るものであるが、 その美の定義は、薄く細く華奢で堅牢な佇まいである。 その佇まいを実現させるために 柱は微妙なアールで面取りすることで、視覚的に細く見えるように調整され、 人間の目の錯覚を考慮して、天板もハガキ一枚分の厚さ中央をやや高く加工する。 天板の面がまっ平だと、上から見ると少し下がって見えてしまうためだ。